田舎の大学生が当時の4号機を打ち倒すには当然お金が足りない。世の中を何も知らないバカな俺は学生ローンを組んでまでパチスロを打っていた。振り返れば本当にアホだが当時の俺はそんなことにも気づかないぐらいハマった。
パチスロ打つにはバイト代では到底足りない
パチスロにハマった時、俺はコンビニのバイトもしていた。
給料はせいぜい月に5万。
理系学生だったから平日はなかなかバイトに入れず、土日に朝から夕方まで労働。
当時の四号機は爆裂AT機からストック機への過渡期。
ジャグラーじゃ物足りない。
猪木を打つ。面白い。でも勝てない。
親の仕送りを増やしてもらうこともできたけど、理由は嘘つかないといけないし、良心が痛む。
どうすればよいのか・・それなりに偏差値が高い大学に行ったはずなのに、バカな俺は道を誤る。
学生ローンに手を出す
親にも友達にも内緒で金を借りる手段。学生ローンはそんな欲求を満たしてくれるサービスだった。
当時はグレーゾーン金利なんて言葉を知らなかったが、金利(年利)はグレーゾーンの会社だった。
初めて借りたときは罪悪感でいっぱい
大学院1年の時、どうしてもお金が足りなくなり、学生ローンの会社に電話をした。2002年~2003年の頃である。
ちなみに、2019年の今でもその学生ローンの会社は存在している。
学生ローンの会社に電話し、学生証の写真を送り、目的を聞かれてそれに答える。もちろんパチンコパチスロのためなんて答えず、適当なウソでごまかした。
結果、あっさりと10万の借金に成功。
振り返れば、この「あっさり感」がとても危険で甘い罠。ここから2年に渡りずぶずぶ沼に沈むように借金が増える。
結局、パチスロを打ちに行き、消える
借りた金を持ってどうしたかと言うと、当然パチスロを打ちに行くのである。こう書けば何をバカなことを・・と思うところであるが、当時の私は本当に借りてすぐにパチ屋に直行。
食費とか生活費とか後先考えず。
このころが最もパチスロにハマっていた。何よりもパチスロを打つことが優先されていた。
当時付き合っていた彼女もいたが、パチスロの魅力に取りつかれた俺に愛想をつかして振られたほどである。
パチスロを打って、勝てば借金返済に充て、負ければさらに借金を増やすという悪循環がすぐに始まった。
あっと言う間に限度額いっぱいになる
当時の学生ローンの限度額は20万。年利は16%ぐらいだったと思う。
2か月もしないうちにあっという間に限度額を迎える。
月に最低でも1万は返済していかなければならない。返済が遅れそうになり、学生ローンの会社に泣きを入れたこともあった。(もちろん、ウソの理由を付けて)
それでもパチスロはやめられなかった。辛かったけど楽しかった。完全に毒されたギャンブル中毒者の完成である。
学生ローンはどうなったか
最終的には就職後の給料とサラ金で返済した。
そう。サラ金。
学生じゃ無くなったから早々に返したいと思い、何をトチ狂ったかサラ金の金で完済したのである。
社会人になって間もなくサラ金にも手を出していたのである。
サラ金から金を借りた話は、長くなるから別にする。